沿 革

 千曲川と犀川の合流地点に位置する長野市若穂は、昭和34年(1959)4月1日に上高井郡綿内村、同川田村、同保科村の3村が合併して誕生した上高井郡若穂町が前身です。町名は3村の頭文字をとって「わ・か・ほ」とし、躍動する若さと稲穂をイメージして「若穂」の漢字があてはめられました。
 その後、昭和41年(1966)10月16日には篠ノ井市、埴科郡松代町、更級郡川中島町、同信更村、同更北村、上水内郡七二会村とともに長野市に合併し今日に至っています。
			
若穂地区の人口 平成28年4月1日現在
  綿内 川田 保科 若穂地区 
人口 6,370人 3,036人 3,199人 12,605人
世帯数 2,252世帯 1,064世帯 1,178世帯 4,494世帯

位 置

 善光寺平のほぼ中心部、千曲川と犀川の合流地点の東岸に位置し、東北部は須坂市、南西部は松代及び更北に接し、東南部には上信越国立公園の菅平高原をひかえ、根子岳・保基谷岳などの高嶺を背にしており、西は千曲川の清流を隔てて大豆島と対岸し、飯綱・黒姫・妙高・戸隠・斑尾の勇壮な北信五岳を一望におさめ、日本アルプスの連峰を望むことができる地にある。

東経 北緯 海抜 東西 南北 周囲 面積
138度15分 36度36分 345m 6.8km 11.2km 34.8km 56.29km2

地 勢

 南から東にかけては、奇妙山(1,099m)、堀切山(1,157m)、保基谷岳(1,529m)、熊窪山(1,253m)、妙徳山(1,293m)、太郎山(996m)などが連なる山間地。北西には、保科扇状地。西から北にかけては、北流する千曲川とこれに合流する犀川の平坦な沖積地が広がっている。耕地は、平坦地の海抜340mから山間の700mにわたって分布している。土地利用は、平坦部に集落・果樹園・畑地が多く、湿地部には水田。扇状地の中央部では、リンゴ・ブドウ・モモなどの果樹園に利用されている。また、長野電鉄河東線が縦貫し、これと並行して主要地方道長野更埴線が通り、県道長野菅平線が中央部を横断している。さらに、長野電鉄にほぼ並行するかたちで上信越自動車道が通っている。

文 化 財

所 有 者 ・ 管 理 者 名    称 員 数 所 在 地
国指定重要文化財      

阿弥陀山護国院

清水寺

もくぞうしょうかんのんぼさつりゅうぞう
木造聖観音菩薩立像
1躯 若穂保科
  もくぞうせんじゅかんのんおよびきょうじじぞうぼさつぞう
木造千手観音及び脇侍地蔵菩薩像
2躯 若穂保科
  もくぞうあみだにょらいりゅうぞう
木造阿弥陀如来立像
1躯 若穂保科
  もくぞうやくしにょらいざぞう
木造薬師如来坐像
1躯 若穂保科
  もくぞうこうもくてんりゅうぞう たもんてんりゅうぞう
木造広目天立像 多聞天立像
2躯 若穂保科
  てつくわがた〈こんどううんりゅうもんぞうがん〉
鉄鍬形〈金銅雲竜紋象嵌〉
1個 若穂保科
  けんぽんちゃくしょくりょうかいまんだらず
絹本著色両界曼荼羅図
2幅 若穂綿内
北野美術館

越智山九品院

蓮台寺

もくぞうあみだにょらいざぞう〈くほんぶつちゅうそん〉
木造阿弥陀如来坐像〈九品仏中尊〉
1躯 若穂綿内
国選択無形民俗文化財      
若穂保科高岡区 たかおかのあずきやきぎょうじ
高岡の小豆焼き行事
若穂保科
重要美術品      
北野美術館 けんぽんちゃくしょく〈まるやまおうきょ〉
絹本著色中壽老左右鴛鴦図〈圓山應擧筆〉
3幅 若穂綿内
北野美術館 しほんぼくしょ
紙本墨書和漢朗詠集上巻 断簡 伊豫切 十五夜
1幅 若穂綿内
国登録有形文化財      
北村信彦 きたむらけじゅうたくしゅおく もん きょくしゃ
北村家住宅主屋 門 局舎
3棟 若穂川田
県指定天然記念物      
北島正隆 つかもと
塚本のビャクシン
若穂川田
伊藤文彦 おおやなぎおよびいのうえのまくらじょうようがん
大柳及び井上の枕状溶岩
若穂綿内
市指定有形文化財・史跡      
塚本区 せきぞうほうきょういんとう
石造宝篋印塔
1基 若穂川田

光濃山

正満寺

しょうまんじのさんもん〈しょうろう〉
正満寺の山門〈鐘楼〉
1棟 若穂綿内
小泉敏伯 どうぞうかんのんぼさつりゅうぞう
銅造観音菩薩立像
1躯 若穂保科

阿弥陀山護国院

清水寺

せいすいじ におうもん さんじゅうのとう だいにちどうあと
清水寺 仁王門・三重塔・大日堂跡
若穂保科

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